浮世絵

歌川広重「東海道五拾三次之内島田」

歌川広重「東海道五拾三次之内島田」
保永堂
1833(天保4)年頃
「保永堂版」は、歌川広重の出世作となったシリーズです。「東海道五拾三次」は、1802(享和2)年に十返舎一九作の『東海道中膝栗毛』に直接触発されたものと考えられています。島田側から本瀬を渡ろうとする侍の列、河原に置かれた連台、人足のたまり場など、当時の風景がうかがえます。

歌川広重「東海道五拾三次之内金谷」

歌川広重「東海道五拾三次之内金谷」
保永堂
1833(天保4)年頃
大高欄連台や連台によって川越し風景が手前にあり、河原には連台が置かれ、小さな瀬に仮橋が架かっています。島田側より川越しをし、金谷側に到着したところ、連台の横で寝転んでいる人足もいます。

歌川広重「東海道五拾三次之内島田大井川駿岸」

歌川広重「東海道五拾三次之内島田大井川駿岸」
江崎屋
1841(天保12)年

歌川国貞「東海道五拾三次之内島田丿図」

歌川広重「東海道五拾三次之内島田丿図」

歌川広重「大井川連台渡之図」

歌川広重「大井川連台渡之図」

歌川芳艶「頼朝公大井川行列図」

歌川芳艶「頼朝公大井川行列図」
1863(文久3)年
表題は「頼朝公」ですが、実際は十四代将軍徳川家茂が1863(文久3)年に上洛した際の様子を描いたものと思われます。

歌川広重「東海道川尽大井川の図」

歌川広重「東海道川尽大井川の図」
歌川広重の描いた大判三枚続きもので、「利根川之図」、「はこね谷川之図」と合せて三部作の一作です。画面手前には左右対称に向き合うように平連台に乗った女性を配置し、その向こうには平連台、肩車で川を渡る旅人や人足、大名などが次第に小さく描かれ、対岸の山々や大井川の川面も細かな色使いで表現された、歌川広重晩年の秀作です。

歌川貞秀「東海道中金谷阪勝景」

歌川貞秀「東海道中金谷阪勝景」
金谷宿は、東に大井川を控え、西には牧之原大地が迫り、宿場を出ると、すぐに金谷坂と呼ばれる急峻な坂道が続きます。そのため、箱根峠と同様に石畳が敷かれていました。金谷坂は難所であると共に景勝地でもあり、この作品でも金谷坂を登る行列の背後に金谷宿の街並と大井川、そして富士の姿が描かれています。

歌川芳虎「偐柴田舎源氏」

歌川芳虎「偐柴田舎源氏」

歌川国直「春景色娘道中」

歌川国直「春景色娘道中」

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